週刊「1億人の平成史」


第18回

小室哲哉さんの「平成のpop music:渦中からの証言」(3)

―― 音楽の近未来 ――

小室哲哉(こむろ・てつや)

昭和33(1958)年、東京生まれ。ミュージシャン、音楽プロデューサー。早稲田大学社会科学部在籍時からプロのミュージシャンとして活動。昭和61(1986)年、作曲家として渡辺美里に提供した「My Revolution」が日本レコード大賞金賞受賞。自身の音楽ユニット、TM NETWORKとして昭和63(1988)年にNHK紅白歌合戦に初出場。平成元(1989)年、ソロデビュー。シンガー・ソングライターとして、作曲家として、プロデューサーとして、1990年代に数々のミリオンセラーやヒット曲を放ち、「小室ブーム」を起こした。その象徴として、平成8(1996)年4月15日付のオリコンシングルチャートで、小室プロデュース曲がトップ5を占めた(1位 安室奈美恵『Don't wanna cry』、2位 華原朋美『I'm proud』、3位 globe『FREEDOM』、4位 dos『Baby baby baby』、5位 trf『Love&Peace Forever』)。今年、TM NETWORK『Get Wild』のリリース30年を記念したアルバム「GET WILD SONG MAFIA」に最新リミックス”GET WILD 2017 TK REMIX”を収録。さらに、かつてTM NETWORKのサポートメンバーも務め、accessとしても活躍する浅倉大介との新ユニット”PANDORA(パンドラ)”を結成。第1弾楽曲はフューチャリングボーカルにハイトーンボイスを持つ世界レベルの実力派シンガーBeverly(ビバリー)を迎え、2017年9月からのテレビ朝日系「仮面ライダービルド」主題歌「Be The One」(2018年1月24日発売)を手がける。


(承前)

AIを仲間に

――(平成史編集室・志摩和生)最近の音楽業界の話題は?

小室 音楽サービスにだんだんAI(人工知能)が入ってきました。

 大きな配信サービスのメーカーは、1000万曲から4000万曲の楽曲を管理しています。もう、生涯かけても聴けるわけない数ですよ。むかしはレコード屋さんに行ってレコードを選ぶのが楽しかったですが、いまはもう、選びきれないよ、っていう時代です。

 そこでAIが、人間の好みをディープラーニングして、その人に合った音楽を提案する、と。音楽や、書籍もそうだと思いますが、AIにとって答えやすいジャンルだと思うんですよ。

 人間のほうも、だんだん、記憶したり、調べたりするのが面倒になっている。むかしは駅の名前とか、時刻表とか、暗記している人がいたけど、いまはいないんじゃないでしょうか。

――編集者も漢字を書けません(笑)。

小室 調べなくても、変換できるからですね。音楽でもそういうことはあって、調べなくても、AIスピーカーに聞けば教えてくれるようになっている。

 それがもう一歩進むと、「いま自分がいちばん聴きたい感じの音楽を教えてくれ」とか、「いま女の子のあいだではやっている曲を教えてくれ」とか、「みんなに趣味が悪いと言われない音楽を教えてくれ」とか。そういうところまでは、平成が終わるまでに、この1、2年で進化するんじゃないかと思いますね。

――あなたが好きであろう音楽を選んでくれるわけですね。

小室 そう。それから、あなたが懐かしいと思うであろう音楽、とかも選んでくれる。いまオンタイムでいいなと思う音楽も選んでくれる。それから、自分が好きなカテゴリー、ジャンルはこうだというのも選んでくれる。そういうカルチャーは圧倒的に進むと思います。

――そういう中で、小室さんのようなクリエーターはどうしますか?

小室 AIというと、支配されたり支配したりという話によくなりますけど、ぼくは、仲間になるしかないと思います(笑)。

――AIを仲間に引き入れる(笑)。

小室 それしかないと思います。AIになになに君、なになにさん、ていう名前があったとしたら、その「人」と仲良くなって、自分の曲を売り込みます。

――なるほど(笑)。

小室 売り込むなり、「自分の曲、いいと思う?」って聞いて、データによって「あなたの曲はこういう人たちにきっと好かれると思いますよ」と答えてくれたり。「じゃあ、応援してくれる?」って話になるわけです。

 さらに進化して、「がんばってみんなに伝えます」みたいなところまでいくのではないか、と思っています。

 いま、ユーチューブを含め、ネットに広告が容赦なく入ってきますね。みんな、スルーするか、スキップしている人も多いと思う。だから、そんなに効果があるのかな、ってことになっていると思うけれど、AIが入ってくると、広告に「耳を傾けようかな」となる時代がしばらくつづくんではないか。それは、AIにあまりウソがないというか、その膨大な情報量と分析によって答えてくれるようになるので。

――お勧めが「的中」してくる。

小室 そうですね。いいかげんに、あてずっぽうで言ってるわけではないから。それなりのデータを分析して、考えてくれたうえで言ってくれるので、平成の最後のあたりでは、みんながすごく頼る存在になっているかもしれません。

――……それは、明るい未来なんでしょうか?

小室 明るくするためには、いまお話ししたように、仲良くして、共存していくしかないと思いますね。敵に回したら大変なので。

 そうしないと、ほんと、書籍であろうと、映像だろうと、音楽であろうと、誰かのコメントであろうと、情報量が多すぎて、自分で選別するのは無理ですから。人の脳だけでは不可能な時代になっています。

 その一端を担っているクラウドサービスで、自分の脳には情報量が多すぎるので、ちょっとそこに置いといて、必要な情報だけを引っ張ってくる。で、自分の端末に持ってくる、というのが考え方だと思うんですよね。それとおんなじで、AIはさらに一歩進んで、勝手に引っ張ってくることもその「人」がやってくれるようになる。

――そうなってくると、作曲もAIがやってくれる?

小室 そちらの話もありますよね。

――人間の創造力がむしばまれることはないですか?

小室 今のところはまだない、と思います。AIが勝手に絵を描く実験とかも聞いたことがありますけど、やっぱり、これはというようなものは出てこない。あまりにも人の考えていることを、0.1秒とかのことまでも全部分析してしまうので、かえって、ふわっとした、人間的なものが作れないようです。

――レンタルショップが文化を破壊しつつある、という評論家がいます。レンタルショップは、映画通になって初めて知るような映画を、いきなり初心者に勧める。だから、みんな映画を勉強しなくなる。

小室 その通りだと思います。実際、そういう、何かに精通したいな、という感覚が減ってきていると思いますから。精通する必要はなくて、わかってる「やつ」に聞いたほうがいいや、と。

――音楽もそんな感じに?

小室 なってくると思いますね。もちろん、勧められて、聴かされても、ちょっと違うんじゃないの、と思うのが人間だと思いますし、そうだね、と思うのも人間だと思うので。そのあいまいさというのは、人しかもてない。それはもちつづけるんじゃないかな。

 そのあいまいさまでをAIが感じるかどうかは、その先のことであって。平成というくくりでいったら、この平成の時代では、あいまいさまでは、AIは、わからないと思います。人だからこそのあいまいさのよさ、っていうのはあると思うんですね。

ぼくは「非リア充」

――音楽から離れて、平成という時代は、小室さんにとってはどうでした?

小室 激動の時代だった。ぼくの人生のなかでも。いいことも、悪いこともふくめて。

――いい時代でしたか?

小室 結果、いい時代だったと思いますし、とりあえず健康でいたら、三つの元号を生きるのかなあ、と。昭和、平成、次の元号。でも、人生でいちばん重要な時期を、平成の時代、ぼくはすごしてきたと思います。昭和の時期は、ぼくの音楽をはぐくんでくれたという意味で大きかったかもしれないけれど、それを形にした時代が平成だった。

 さらに、平成を振り返ることができるかもしれない、っていうのも、すごくすてきだと思います。なかなか、前の元号の時代を、元年からちゃんと振り返られるというのは、なかなかできないと思うので。

――最後に、最近気になっていることを教えてください。われわれの年代になると、次の時代を担う若い人が気になったりしませんか?

小室 そうですね。気になるといえば、どなたが作った言葉か知らないですが、「リア充」という言葉ですね。いろんな層の方、いろんな環境の方がいらっしゃるとは思うんですけど、「充実」が手軽すぎるというか、とくに若い人たちの、こんな感じでいいや、っていう感覚は、文化として、ちょっと懸念があります。何かすごいことを見に行くとか、冒険をすることを、怖がってはいないかな、と。

 さっきのレンタルショップの話ではないけれど、生活圏にレンタルショップがあって、コンビニがあって、ファストファッションがあって、毎日の生活が周囲何十メートルでまかなえてしまう環境ですね。

 まだ海外は、進んでいる国でも、そうとう距離をいかないと何屋さんがないとか、あの街にいかないと手に入らない、食べられない、という文化が残っている気がするんですけど、日本はほんとに便利で。環境がよすぎるというか。

――小室さんは若いころ、リア充を目指しましたか?

小室 目指さなかったです! とんでもなかったです。こんなもんでいいや、と納得できず、こんなもんじゃダメだ、という感覚がありすぎて、無理をしたことも多々あるくらいで。ぼくは「非リア充」でした。

 冒険を怖がるな、なんてことは、とても言えないんですけれども。そんなことは言えないんですけれども、ただ、いまの若い方たちは冒険はされないのかなあ、ちょっと心配だなあ、と。いま興味というか、気になっているのはそこですかね。

(この項、終わり)*毎週月曜日更新

<次回予告>
次回以降は、上念司さん、さやわかさんなどが登場の予定。お楽しみに!

取材協力:Art & Science gallery lab AXIOM
撮影:中村琢磨(毎日新聞出版)